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いやはや、2ケ月もブログを放置してしまった(汗)。 バカンスしたり、ちょっと倒れたり、アホな怪我をしたりで、今に至ります。 アホな怪我のおかげで、2週間ギターも弾けてません。ヤバいっすねぇ。 さて、本日は久々にお仕事系のお話。 映像、あるいはそのシーンを演じている役者さんたちの芝居、と言った方がよいだろうか? どちらにしても出来上がった映像には固有のテンポが存在する。そのテンポというのは別にTempo=120とかの数値でいうものではない。すごく感覚的なもので、文章で説明するのはチト難しい。 (極端な話、静止画/写真にだって固有のテンポはある) 私はこの「映像テンポ」をとても重視する。 楽曲単体でどんなに名曲であろうとも、「映像テンポ」にマッチングしていない作品は、そのシーンのサウンドトラックという条件に置いては「駄作」にまで落ちる。「映像テンポ」を感覚で察知することは、映画やドラマの音楽を書くうえでの重要な「才能」であるとさえ思う。 映画なら、実際に映像を視ながらテンポ設定もできるし、流れに合わせて途中でテンポを自由に変化させられる。ところが、連続ドラマの場合そうもいかない。現実的には、第1話が完成される時には70〜100%のサウンドトラックはレコーディング済みである事が求められるからだ。 曲を書き始めたり、アレンジを始める段で与えられるのは、初めの数話(だいたい2〜3話くらい)の台本と、全体の構成(企画書)くらいだ(涙)。なので重要であるはずのテンポ設定には苦労する。 実際の「録り」に入る時までに撮影されたバラバラのシーンを拝見し、役者が演ずるところのキャラクターのテンポ感、役者同士がかもし出す間合いのテンポ感、画面自体からにじみでるテンポ感とか…、そういうものを少ない材料から「感じ取る」しかないのである。この辺りは、感というか、センスというか、経験則というか、そういうものトータルで判断して前に進むしかないのである。 このブログでの引用率が高い『男と女』。これはひとつの究極とも言える。 ルルーシュ監督ははじめにこの曲を決めて撮影に臨んでいる。撮影中は歌を聴きながら撮っていたらしい。「映像テンポ」という意味においては完璧である。なんせ、監督が撮りながら時々刻々、絵と音のマッチングを成立させてるんですからね。 テーマ曲という意味においても完璧だ。少々誇張が入ってはいるが、 「究極のテーマ曲というのは、作品中のドコに流しても成立する!」 というモンだと思う。 そういう作りの映像に参加できる事はひとつの夢でもある。 明日は、これに深い関係のあるお話(^o^)/ |
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こんばんわ、お久しぶりですね☆ |
overdrive5150 2007/09/23 01:29 |
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